雛壇

ある市の公立幼稚園で、閉園などの理由から余分になった雛人形を譲り受けた、介護施設長の方のお話です。
内裏雛・三人官女・五人囃子・・と、一通りの人形が準備してあり、喜んでいただこうとしたところ、雛壇がないことに気付いたのだそうです。そこで尋ねたところ、「雛人形は平らなところに並べていたので、ありません」という答えだったとか。理由を尋ねたら、「段をつけるのは、よくないから」と。
一昔前には、みんなで手をつないで運動会のゴールをする、という話がありましたが・・・。幼稚園職員の方達が雛壇の件をみんなこんな風に思っていたとは思えませんが、父兄に色々言われたくないという心配から、こういう方向へいくのでしょうか?お互いの信頼を感じられなくて、なんだか寂しい話のように思えました。
礼儀に関しては「目上の人を敬いなさい」や「口の利き方に気をつけなさい」なんてしつけているのにね。
私は子どものときお雛様は買ってもらえなかったけど、友達の家にある立派なひな壇を見て「私は3人官女のほうが気楽そうでいいなあ」と思ったことがあります。
本当に、良く考えるとそうですよね。
セミナーで敬語について説明するとき、敬語は色々な立場にいる方と対等に話すためにある踏み台みたいなものであると話すことがあります。その説明の根底には、立場は違っても人と人は同じく大切、という思いを込めているつもりです。そう、敬語も文化ですね。
私は商家の血筋に生まれていますが、父方の実家が雛人形や端午の節句祝いをしていなかったことから、私の実家もその習慣がありませんでした。子どものころは、自作のお雛様に飴細工でできた小さな果物などを飾っていたものです。私の関心事は一番下段のお雛道具でした。昔版ドールハウスですものね。でも、posposさんと角度は違いますが、確かに三人官女の方が自然な微笑みや化粧のためか、美人に見えることがありました。