man's-resourceブログ

日々雑感のブログです。
<< December 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
NEW ENTRIES
CATEGORIES
RECENT COMMENT
PROFILE
 
エール
こんにちは。
昨晩は中秋の名月、綺麗な満月でしたが、
ご覧になりましたか?

月を見ていると、地上で小さなことで悩んだりしていることが
どうでもよく見えたり、自分の人生という単位で時間を見ることが
できたりするような気がしますが、みなさんはいかがですか?

この夏、ある介護施設で、素敵なポスターを目にしました。
職員の食堂の壁に大切に貼られていたものです。
新人研修を先輩職員が担当し、それぞれのジャンルごとに
活き活きとした活動の様子が映っています。



介護・・・難しい仕事の領域だと思います。
人間として「老い」を見つめることの大切さ。



その「老い」に向き合い、看取ることの意義。
まだ「老い」がピンとこない若い世代が、その「老い」に向き合うこと。

綺麗事はいくらでも並べられますが
実際に毎日の生活を共にすることは、まさしく現実です。

それぞれの仕事に就くときに
それぞれの動機があります。

動機はそれぞれでも、日々の仕事は目の前にあります。
そして、その日々は、間違いなくその人の人生の時間でもあります。
そして、その人生の時間の先には、老いが待っています。

不思議ですね。
そうして人は時間を生きて行きます。



老いを見つめながら、日々の現実の繰り返しの中で
若者たちが奮闘しています。

どうか、あなたの人生の貴重な時間を、
あなたの手で、貴重なものにしてください。



写真の笑顔と
エネルギーに満ちた言葉たちが
食堂で見ている先輩職員を励ますことでしょう。

心からのエールを送ります。

リスクはイレギュラーとともにやってくる
こんにちは。
7月に入り、梅雨らしい天候が続いていますが、お元気でしょうか?



さて、このところ仕事での「ミス」の発生について、複数のケース
を聴いたり体験することがありました。

たとえば、機材の検査をする行程で、傷やへこみを見逃すといった
ミスは、瞬きをした瞬間にも手が動いていたことや、
長時間の勤務のために集中力が減って、もしくは考え事をして、
目の前のことが見えていないことなどから起こったのではないかというケース。
人間の集中は1時間程度、もしくはもっと短いと言われていますね。

たとえば、医療機関での診察予約を取る際に、
複数予約を取った患者さんが、そのうち一つだけキャンセルをして、
いつもは取らない曜日の予約を残していた状況で、次に行ったら
その予約も削除されていたようなケース。
キャンセル手続きの際、パソコン操作上で削除したか、もしくは
「この曜日に来られることはないから」
と他のスタッフが削除してしまったか。

もっとシビアな事故などでも、係員が普段は入れない場所に
ボルトをしまって、サイズ違いのボルトを使ったために
金属疲労が起こったケース。

ファーストフードの店で、
担当者が接客をしている際、たまたま今シフトに入ったばかりの
スタッフがヘルプをしようと思い、代わりに
「出来上がるまでお待ちください」と顧客に説明をする。
担当者は、あとはヘルプのスタッフがフォローしてくれると思いこみ、
またヘルプに入ったスタッフは、声かけと製造の指示だけをしたつもりで、
どちらも顧客にその後の商品を渡さず置き去りになったケース。
そのケースでは、特定の時間帯に一気に顧客が入って来るという特徴があり、
実際に注文の直後に10名以上の新規顧客が入った。
忙しくなるぞ、という気分で気合いをいれてかかろうとしていた矢先のことです。



どの事例も、「たまたま」と言ってしまえば終わりです。

でも、300件のヒヤリハットがあると、29件の問題解決を必要とするケースがあり、
最後に1件の重大事故が起こると言われています。
「たまたま」はその300件の内の一つか、もしくは29件の内の一つか。

それに気づくことは、実際には難しいものです。
なぜなら人間は「慣れる」生き物だからです。
その人の中のパターンに慣れ、その人の地図ができ過ぎると、
勝手に「合理化」をします。

「このケースはたまたま、体調が悪かったからです」
「たぶん、○○の都合で、そうなったのだと思います」
「あなたが〜されたのではないですか?」 などなど
人は自分の地図を正しいものと思い込もうとします。

「ごめんなさい」と謝り
そのことをたまたまのこととして忘れます。

こうして話しながら、私自身も自分に言っています。
「うーん、合理化、するよなぁ〜」と。苦笑。

完璧な人である必要など微塵もないのです。
ただ気をつけたいのは、複数の「たまたま要素」が重なることで、
ヒヤリハッとが起こる可能性が高まるということです。

たまたま通りかかって、人助けをする人もあります。

ミスにつながる「たまたま」の連鎖は、
歩きながら歩かず、見ながら見ないで、聞きながら聞いていないときですよね。
これも、自戒をこめて。

蒸し暑くなって来ました。
お元気でお過ごしください。



大人力(おとなりょく)
半年のご無沙汰をしてしまいました。

この半年、多忙だったこともあるのですが、
blogに原稿を書くというエネルギーが不足していたことが大きな要因です。

本人はそれほど変化がないと思っていても心は正直なもので、
いざメッセージを発信しようというときには、
そのまっすぐなエネルギーが出てきにくいことがあります。

無理に書こうとしても、そこにエネルギーが満ちていないので、
そのままそれを伝えることにも抵抗があり、
結局お休みするということになりました。

・・・とまぁ、言い訳はこのくらいにして。笑。



書きたいと思うテーマは、日々湧いてきました。
今日は、その中のひとつ・・・この春の体験です。

ある企業の中途採用メンバー20名ほどの研修を担当しました。
20代後半〜40歳くらいまでの営業マンを中心にしたメンバーで、
応募総数600名を超える中で選抜された方々です。

一体どんなにエリートな集団なのだろう・・と想像していました。
ある意味、予想外、ある意味予想通りのエリート集団でした。

予想外というのは、エリート臭がしないこと。
予想通りというのは、本当の意味のエリートだったということ。

ある40歳の男性は、パリッとしたスーツ姿、
表情や態度にも自信が伝わります。

その方に、オールバックの髪型やスーツの柄について、
私なりの感想をお伝えしました。

普通なら、自信に満ちて身につけてきた外見に、今更
色々言われることには抵抗があるでしょう。
それに最年長で、皆からの信頼も集める人です。

しかし、そこが大人です。
「あ、そうですかぁ、なるほど。自分では気づきませんでした。
 ありがとうございます」と、謙虚に、そして作るでもない
まっすぐな表情で反応が返って来ます。

だからこそ、今まできっと、多くのお客様から信頼を
得て来られたのだろうと、確信しました。

そのクラスの皆さんは、数週間にわたって一緒に研修を受けています。
ある意味今後はライバルになる方々ですが、そのクラスのまとまり方は、
また温かくさっぱりとしたものでした。
お互いに教え、教えられしています。

自分の苦手なことは、得意な人に屈託なく聞ける。
知らないことは知らないと言える。
感謝ができる。



こういう力を「大人力」というのでしょう。

自分に真のOKを出せる人は謙虚になれ、
人の意見を素直に聞き入れる懐の深さがある。

その後半年が経ち、
「みなさん、どうされていますか?」
と担当者に伺ったところ、
「いやぁ、バリバリ現場で頑張ってますよ」
という返答。

さもありなん。

この出会いに感謝あるのみ。

努力の効罪
今日で二月も終わり。
二月は逃げる、と言いますが、本当です。
お元気ですか? 
花粉症の方には辛い季節が始まりますね。
春待ちの公園にはまだ渡り鳥が浮かんでいます。



さて、脳の「尾上核(びじょうかく)」
という場所を御存知ですか?
プロのピアニストが指使いなどを訓練
する際に反応する場所らしいです。
繰り返し訓練することに関係する
という場所らしいです。

最近、その場所が「ひらめき」
に関わるらしいと聞きました。
プロ棋士が「はっとひらめく」瞬間に
この尾上核が関わるのだとか。

つまり、日常の訓練や繰り返しを続けると、
ひらめきにつながる、ということですね。
まさに天才は1%の才能と99%の努力、
ということでしょう。

「努力は裏切らない」という言葉も、尊敬する
ある方がおっしゃる言葉です。
その通り、と思います。



ただ最近、努力もその成果の使いようによって
罪になることがある、と感じました。

毎日、毎日、同じことを繰り返すと、
その仕事が上手になります。
何も考えなくても出来るようになります。

そうすると、脳は楽をしようと手抜きを始めます。
パターン化です。人はパターン化するものだ、
と心理でも言います。人生脚本と言われる、
その人のパターンが、まさに人生をかけたパターンです。

職場では、それが時として「ロボット化」を呼びます。
考えなくても動けるようになると、考えなくなる。
決められた動きをして、目の前の変化に対応しなくなる。

しかし、サービスや人間関係はひとつとして同じ
ものがありません。だから面白いのですが。

サービス7つの大罪、というのがあります。
無関心・無視・冷淡・子ども扱い
ロボット化・ルールブック・たらいまわし です。

ルールブックも、考えないことの典型ですね。
つまり、自分達のルールを優先し、相手の要望を
無視することです。

「守破離」という言葉にあるように
ルールを学び守れたら、次はそれを破り離れる
ことがプロとしての成長でしょう。

さて、もうひとつの「努力の罪」は
「頭の中」で起こることです。
「がんばらないと」「努力しなければ」・・・と、
頭の中でだけ努力し、行動化しないことです。
本人はとても辛い・・でも実益がない、というものですね。

「頑張る人は偉い人」
という価値観もある意味大切ですが、
その頑張り方にもいろいろあるということでしょう。

私も頭の中で「努力する」ことが多々あります。
そんな時は、「一つできたらOK」
と言い聞かせて行動するようにしています。
時には「ぎりぎりにできるのだから、ぎりぎりまで
考えなくていい」と言い聞かせることもあります。笑。

努力も使いようですね。
みなさんはいかがですか?
磨く
2011年 あけまして おめでとうございます
ご挨拶が遅くなりましたが
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます

今年はどんな年になりますでしょうか?

いえ、どんな年にしましょうか?



先日、テレビで小澤征二さんが食道がんを克服され、
復帰された映像を見ました。
復帰されたものの、持病の腰痛が再発したため
「サイトウ キネン オーケストラ」での
久々の指揮を途中で降板され、
短い曲のみを指揮することになりました。
リハーサルは鬼気迫るものでした。

オーケストラメンバーの前で
降板することを伝えた際、小澤さんの
「I want to play・・」
という言葉にメンバーは涙したそうです。

音には妥協を許さないけれど
オーケストラメンバーの一人一人を仲間として尊重し、
肩をたたきながら挨拶し、丁寧な言葉で話す小澤さん。
「何十年演奏した曲にも新しい発見があるんですよ」と。
そして「音楽は命とつながっていると思うんですよ」とも。

世界の宝と言われる人は
やはりこういう人なのだと。

普段は何気なくしている日常のあれこれ。
「ちょっとしんどいなぁ」と思いながらしている仕事。

でも、いろいろな人のおかげで
こうして今日の自分があります。

たくさんの人に感謝。
こうして与えられていることに感謝。
今、ここにいられることに感謝。

だからこそ。

自分をバージョンアップ。
「磨く」自分でいよう。

そんな今年にしたいと考えています。
ウサギとまでは行きません。
亀のようにひとつずつ。

本年も懲りずに
よろしくお付き合いください。
信頼について
こんにちは。
関西では明日あたりから雨になり、
ひょっとするとそれが梅雨入りになるかも
しれないということですが、みなさんの
ところはいかがですか?

これはお隣に頂いた紫陽花。
可憐な花の形がなんとも言えません。


さて、今はある会社からの依頼で
「信頼について」という原稿を書いています。
このところデスクワークが結構あって、
締切りが目の前にぶら下がっています。笑。

そんなことを頭に思いながら、今朝のテレビで
横綱白鵬関のインタビューを観ました。

素敵な人だと思いました。

その中で、元横綱朝青龍関について、
スポーツマンとしては、その集中力といい、
素晴らしく尊敬していると前提にした上で、
朝青龍は相撲を好きだけれど、愛していなかった
と表現していました。

「好き」と「愛する」の違いには、
意志の力があります。
自分の欲求を丸投げせず、
相手を受け留め、
じっと待つ姿勢もあることでしょう。

そして白鵬関はこんなことも。
「誰でも、人を尊敬しています。
人には上も下もなく、たとえ嫌いな人でも、
一人の人として尊敬しています。」
また、
「勝つ相撲をしなければ、もっとたくさん勝てる」とも。
・・・含蓄がありますね。

この人は、相撲を通して哲学を持ち、
それを生きている人なのだ、と感じました。

「信頼」にも通じる哲学です。

蒸し暑くなって来ます。
どうぞお元気でお過ごしください。
福の神・貧乏神
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2010年、どのように始まりましたか?
私は久々に年始、少しゆっくりすることができました。
といっても、年賀状を始め、
仕事が残っていたので、その片付けをしておりました。



さて、年始に用事があったため大阪市内のデパートなどを見てきました。
お正月に始まったバーゲンの熱も冷めたころ、二か所のデパートへ。

あるフロアに行くと、立派な店構えの正面に値引き商品が並んでいます。
それらをそれとなく見ていると、
奥のレジカウンターでノートを見ている女性スタッフが
「いらっしゃいませー」と語ります。

そこで、「バーゲンの商品はどのあたりですか?」と聞くと、
「あー、もう今はこの辺だけですねー」と一言。
こちらに来る様子もありません。

どうやらこのお店には「貧乏神」が住んでいるようです。
周りにはだれも歩いていません。
なんだか、来ないようにというオーラがあるのです。

次に、少し奥へ。
あるお店で同じように見ていると、電話中の女性。
込み入った話の様子でしたが、
「後でかけなおします」と言って切りました。
私が物色しながらうろうろしていたからです。
笑顔で語りかけ、質問を投げかけ、雑談も入れます。
結局ここでスーツを買いました。

このお店には「福の神」が住んでいます。

その人と話したところによると、
このフロアは、経営が変わる前の別会社のころからの
スタッフが多くスライドしているらしいのです。
彼女はそうではないらしいので、
そのフロアでは異質に感じたのも頷けます。
経営が悪化したために他社に変わったのですが、
フロアには悪化していたころの神様が
そのまま住みついているような気配がします。
人が歩いていません。
いずれ何らかの形で再度やり直さないとまずいでしょう。

一度落ちたサービスを上げるには、
かなりのエネルギーを要します。
なにしろ、貧乏神を福の神に
変身させなければならないのですから。

貧乏神は、知らず知らずにエネルギーを出し惜しみ、奪います。
「どうせ」という言葉はそのしるしです。

福の神は、自らエネルギーを発します。
そこには、相手に向ける視線と笑顔があります。

デパートに限ったことではありません。
私にもかかわりのある航空会社も今、
貧乏神が住みついています。
反省せねばなりません。


大阪では「十日戎」(とおかえびす)といって、
1月9日の宵戎(よいえびす)から
11日の残り福(のこりふく)まで、
「えべっさん」=「福の神さん」を呼ぶ行事があります。

家庭にも、会社にも、仲間にも、
福の神を呼べる人になりたいものです。

今さらですが、挨拶について


こんにちは。
秋も深まり、冬の気配が迫っていますね。

さて、今日は、今更ながら、
「挨拶」について。。。。

研修の仕事を続ける中で、「挨拶」
の大切さについては20年以上の間、
ずっとお伝えし続けてきています。

この10年ほどは、様々な企業での取り組みも
深まり、挨拶をはじめとするマナーの向上が
実感されました。

しかしこの一年くらいは少し違っているように
感じ始めています。

某ファーストフード店でコーヒーを頼もうと
並んだ際のことです。
従業員は合計で8名。
お客様は3組。オープンしている窓口はひとつ。

・・これだけで少し不安がよぎります。

並んでいても他の窓は開かず、
横にいるマネージャーの男性は、こちらを見ても
視野に入らず、挨拶はありません。
たぶんドライブスルーの担当だから、ホールは
見なくても良い、という自分の中のルールに安心
していたのでしょう。

同じお店で別の日には、研修中らしい社員の人が
団体で6〜7人、教育担当らしい人に引率されて
ホールに入ってきました。
時は12時台・・ランチタイムで待っているお客様は
10名以上。やはり挨拶やヘルプはありません。

これは、挨拶以前の問題かもしれません。

ある日には、良く出入りする駅前の銀行。
8時半に振込をしようとATMへ。
そこにパンフレットを補充しようと年配の
男性が現れます。
やはり、挨拶はありません。
時間外だからでしょうか。。。

なんだか、少し世の中が荒れているように感じます。

そういえば、
不景気になると公衆トイレの汚れが多くなるのだと
お掃除の方から聴いたことがあります。

不景気の波のせいなのか何なのかは分かりません。
でも、不遇の時にこそ、人の値打ちが分かるものと言います。

気付いたら、挨拶からまた、始めましょうよ。
それに気付いた企業にとっては、チャンスです。

ミッション
1か月ぶりに、こんにちは。

さて、先日、こんな質問をいただきました。
「○○さんにとって、仕事って何ですか? 
 変な質問ですみません。」

いえいえ、ちっとも変な質問ではありません。
むしろ、嬉しいです。

そのお返事をする前に、ある調理長の方の話をさせてください。



ある会社のベテラン調理長Iさんは、
昨年病気で手術をされ、現在も闘病中です。

先日、その会社の会合に久しぶりに出席されました。
奥様の慣れない運転で、まだ小さなお子さんたちも一緒に乗って
送って来てもらいました、と話されていました。
先週まで耐えきれない痛みと闘っていたということが
信じられないほど、すっきりとした笑顔、おしゃれなスーツ姿です。

そこでのスピーチでは、
「・・・・・・・・・・
 失礼かもしれないけれど、僕から見たら、
 忙しい、残業が大変・・・そういうことは
 ちっぽけなことに思えます。
 ・・・・・・・
 身体に良い食べ物の大事さも分かっているつもりです。
 ・・・・・・・
 できることなら、皆さんには迷惑かもしれないけれど、
 白服を着て、厨房でもう一度鍋を振りたい。
 それが無理でも、ホールに出て、身体に良い食事について
 お客様と話がしたい。
 ・・・・・・・
 必ず戻ってきて、それをできるようになります。」

このIさんは、いろいろなスタッフの皆さんからも
信頼の厚い調理長です。
いろいろな料理の材料や作り方などを、折にふれて
教えてくれる方である、という評判は昔から聞いていました。

清々しい表情で、清々しく話されるIさん。
魂が磨かれるとは、こういうことかと思います。

技術や知識を手に入れる段階では、まだまだ半人前。
人に自分の持っているものを与えられるようになって一人前。
そう言いますよね。

Iさんは本当のプロフェッショナル、ということです。
そして、知識や技術以上の、魂の声をみんなに伝えてくれました。



「仕事って、何ですか?」という問いに戻ります。

そうですね。。。。。
Iさんのお話をした後なので、とても僭越ですが、

私にとって仕事とは、
この世に生まれて来た自分自身の
ミッションを実現するための手段です。

ミッションは「使命」と訳します。
命を使うわけですね。

では、使命とは、というと・・・

先人からいただいた知識や知恵を身につけつつ、
自分のDNAが実現できるオリジナリティとともに、
何らかの役割を果たし、何らかの形で後の人に伝えること。
そんな風に考えています。

Iさんのように、私は生きられるだろうか。
それは今は分かりません。
しかし、Iさんの言葉は、すでに私の中にあります。
それも、Iさんのミッションから頂いたものです。

白服に身を包み、笑顔で戻ってきてください。
もう一度、あなたの美味しい料理を頂ける日を、
心から楽しみに待っています。

真摯であること
秋の5連休、いかがお過ごしですか?

忙しい方もあり、しっかり休養する方あり、
それぞれ秋をどこかで感じながらお過ごしのことと思います。



今日は、お世話になっているF先生の言葉をひとつ。。。

「次期リーダーの要件」の中のひとつ・・「真摯であること」。

真摯さは、一般的にまじめであること、というイメージですが、
もっと具体的にはどんな人か。

それは、「怠けない」「嘘をつかない」「盗まない」人。
「盗まない」ってどいういうこと?と思いますよね。
これは、物を盗むというより、人の時間、人のアイディア、
人の手柄、人の情報、人の親切心などのことです。

「Give & take」という言葉がありますが、
これは「Take & give」ではいけないのですね。
与えるからこそ、頂くものがある。

何かに夢中のときには、
これが見えなくなることがあります。
そして、つい見たくなくなることもあります。
でも、それを自分に戒めることのできる人こそが、
本当のリーダーなのでしょう。

そんな人に、人は真摯さを感じ、ついて行く。

ちなみに、「Take & take」はもちろん、
「Give & give」も、いつしか歪みが生まれます。
私はそう思っています。

世の中、「Take & take」の話も多いですが、私自身も、
人生においての真摯さに、少しでも近づきたいものです。

静かに考えたり深めたりし易い季節のように思います。
皆さまにとって、素敵な実りの多い秋でありますように。。。